Thomas Kelly, 2003
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私の信念が知識に関して合理的〔epistemic rational〕であるのは,たとえば以下のようなとき.
- 執事が犯人だということを強く確証する証拠を持っているときで,かつ,
- 執事が犯人だという,問題の信念が,その証拠に基づいているとき.
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手を挙げるという行為が道具的に合理的であるのは,たとえば以下のようなとき.
- 後援者に質問をしたいとう目的を持っていて,
- そうするためには私が手を挙げるほかないと知っているとき.
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これらの関係は?
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知識に関する合理性について,道具主義的理解とでも言うべき考えかたをするひとがいる
- 知識に関する合理性は道具的合理性の一種だ
- そのひとの認知的〔cognitive〕目的または知識に関する目的に資するような,そんな道具的合理性だ
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このような理解の内実はどういうものだろうか?
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このような理解はどうして哲学的に重要なのか?
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このような理解は正しいのだろうか?
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どういう立場にとっても,私が特定の認知的目標を持っているという事実があれば,それを持っていなかったときには道具的に合理的でなかったようなふるまいが,道具的に合理的になりうることは,認められる.
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問題なのは,以下の2つの合理性
- 当該の証拠に接したとき,私が知識に関して適切な方法で対応したとき,そこで見られる合理性と,
- そういう証拠を得ようと行動するときに見られる合理性と
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道具主義的理解が正しければ,この2つの合理性はあまり違わないということになる
- 質問をする際の合理性とインフルエンザ予防の際の合理性との違いぐらいでしかない
- 道具主義的理解は,認識論者のあいだでも科学哲学者のあいだでも人気.
- Richard Foleyの「知識の基礎づけになるものはひとそれぞれだ説」〔subjective foundationalism〕もその1つ.
- Foleyによれば,知識についての合理性をほかの合理性から区別するのは,その目的だけ.
- 真なる命題を信じるようにし,偽なる命題を信じないようにしたいという目的
- Foleyによれば,知識についての合理性をほかの合理性から区別するのは,その目的だけ.
- Richard Foleyの「知識の基礎づけになるものはひとそれぞれだ説」〔subjective foundationalism〕もその1つ.
- 科学哲学では,道具主義的理解はLarry Laudanに擁護されてきた.
- よい理由は道具的理由だけだ,それ以外にないんだ
- この道具主義的理解というやつが正しいのか間違っているのかが,どうして重要な問題なのだろうか? 次節で検討しよう.
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Laudanによれば,知識に関する合理性の道具主義的理解は,認識論を自然化してしまおうプロジェクトでも科学哲学でも中心的である.
- 元ネタはQuine
- 認識論でいう規範性は道具的理由の規範性にすぎない
- 自然主義者としては,規範性なんてまがいものであるというか,規範性は自然主義的に見て受け入れられるものだと言えれば勝ち.
- 根本的なちゃぶだい返し系:
- 知識に関する規範性の消去主義:Quineはよくそう言われる
- 知識に関する規範性の表出主義:Hartry Fieldとか
- 規範性をまともに扱ったうえで,自然主義的に受け入れられるよ系
- 目的を果たす手段としてこういう合理性を特徴づければいいのでは?
- そうだね,道具主義的理解だね
- 目的を果たす手段としてこういう合理性を特徴づければいいのでは?