最近、少し科研費が話題になっています。どうせ話題になっている理由などは一か月もしないうちに忘れ去られるでしょうが、研究者でない人には科研費は馴染みが薄いかもしれません。せっかくなので、科研費がどういうものか簡単に説明してみたいと思います。
まず、大学の経理状況をちょっと見てみましょう。例えば東大の令和元年度財務情報を見てみることにします。令和元年度の支出は2376億円、収入が2368億円となっています。収入のうち36%が国費、つまり税金ですが、そのメインは運営交付金という大学に毎年支給される補助金で763億円です。授業料は165億円と収入に占める割合は7%程度です。支出では、人件費が1009億円で42%ほどを占めます。つまり、毎年入ってくる運営交付金と授業料では人件費に届かないくらいです(附属病院による収益はかなり大きいですが、ここでは除いています)。多くの大学において運営交付金が収入に占める割合はもっと大きいと思います。気になる人は「大学名 財務諸表」で検索してみてください。
研究者は研究をします。研究をするためにはお金が必要です。例えば実験系なら試薬などの消耗品を購入する必要がありますし、理論系でも学会参加費や論文投稿料などが必要です。そのために、各大学では研究室に研究費を配っています。大学によって呼び方が違うのですが、例えば「公費」などと呼ばれています。主な財源は運営交付金です。で、運営交付金は「効率化係数」という「事業を効率化することで無駄な出費は減らしなさい」という国の要請により、毎年徐々に減額されています。人件費や施設維持費は減らせないため、どうしても減るのは研究室に配る研究費、ということになりがちです。研究室あたりどれくらいの「公費」を配るのかは大学によって異なりますが、財務が苦しい大学では「年間の印刷代を支払うのがやっと」というところもあるようです。そうでなくても、公費だけで実験系の研究室を維持するのはかなり苦しいと思われます。
公費は、乱暴に言えば「何もしなくても毎年降ってくるお金」ですが、その金額は多くありません。したがって、公費以外にお金が必要な研究者は別のところからお金をとってこなければなりません。企業と共同研究をしたり、寄付を募ったりといろいろな方法がありますが、多くの研究者は「競争的資金」と呼ばれる資金に応募します。「競争的資金」とは、申請書を書いて応募し、(場合によっては面接でプレゼンもして)、審査により優れた研究計画だと認められればお金がもらえますよ、という仕組みで、(財団などを除けば)やはり原資は税金です。その競争的資金のうち、最もポピュラーなのが科学研究費助成事業によるもの、すなわち科研費です。
科研費には、多くの分類がありますが、大きく分けると「若手向け」「通常向け」「大規模向け」の三つに分けられます。「若手向け」は学位を取得してから日が浅い研究者が申請できるもので、「若手研究」と呼ばれます。期間は2年~4年で、総額は500万円以下です。「大規模向け」は新しい学術を切り拓くためのもので、「特別推進研究」と呼ばれ、予算規模は数億円です。で、ボリュームゾーンは通常向け、「基盤研究」と呼ばれるものです。
基盤研究には基盤研究(A)、基盤研究(B)、基盤研究(C)の三種類があり、どれも期間が3~5年ですが、CからAに向かって予算規模が大きくなります。(C)が総額500万円以下、(B)が500~2000万、(A)が2000~5000万円です。科研費パンフレット(PDF)に、それぞれの応募件数、採択件数などが書いてありますが、2018年度新規採択分で、科研費全体で2万5千件、そのうち基盤Cが1万2千件と、ほぼ半数を占めています。また、若手研究が6000件で、要するに総額500万円以下の課題がほとんどを占める、ということです。
さて、科研費でもっともポピュラーな種目である基盤(C)は3~5年で総額500万円以下なので、5年計画を選ぶと、年間100万円以下の予算となります。獲得のためには、研究者は「研究計画調書」と呼ばれる申請書を準備し、ウェブから申請します。様式は日本学術振興会の公募要領・計画調書のページにあります。基盤(C)の研究計画調書は全部で14ページですが、重要なのは「研究目的や方法・研究の着想に至った経緯・応募者の研究遂行能力及び研究環境」等を説明する6ページです。他には研究費をどのように使うかの明細、さらにこの研究にはなぜその研究費が必要なのかの説明も書きます。
たった6ページですが、科研費が取れるのと取れないのでは大きく違うので、研究者はかなり慎重に文章を練ります。科研費の応募締切は11月上旬ですが、一般には大学内締め切りがその前にあるため、実質的に10月末くらいが締め切りです。「科研費シーズン」において研究者は、科研費申請書類を書くのに忙しくなります。早い人は半年以上前から準備をするようです。
こうして申請した科研費は、ピアレビューにより審査されます。審査員も研究者です。基盤(C)の場合には、一つの課題あたり4名の審査員がつきます。この研究は重要か、研究計画は具体的か、独創性はあるか、研究費の使い道は適切か、などを審査します。審査員は匿名であり、利害関係のある人は審査ができません。なので「自分が共同研究者に含まれる課題の審査を通して、自分も予算をもらう」といった不正はできません。審査は二段階の書面審査で行われ、まずは最初の審査で高評価を取った課題が採択されます。次に、ボーダーラインにあった課題を、他の審査員の意見も参考にしながらもう一度採点し、残りの課題が採択されます。採択率は、基盤(C)でおよそ30%です。予算がより高額な種目ほど、採択率は下がる傾向にあります。詳しくは科研費ハンドブックを見てみてください。
がんばって研究計画調書を書いて申請し、めでたく上位30%に入って科研費が採択されたとしましょう。次の年度から科研費が使えるようになります。さて、科研費は「研究者個人」に与えられるものですが、研究者に直接は渡されず、所属する研究機関に振り込まれ、研究機関が管理します。したがって、研究者は所属する研究機関を通じてその予算を執行することになります。
例えば、何か大学生協で少額のものを購入したい場合、生協で「科研費で買います」と言います。すると、品物と一緒に見積書、請求書、納品書が渡してくれるので、それを科研費で支払うように事務に依頼することになります。
ある程度以上の金額のものは備品扱いとなり、例えば購入した時に「検収」が必要になります。これは「確かにこの物品を購入した」ということを現物と書類と一緒に検収センターにチェックしてもらう仕組みで、「買った」と嘘をついてお金だけ執行してもらう、といった不正を防止します。また、備品には備品番号が付与され、定期的に「ちゃんと研究室にあるか」チェックが入ります。例えばノートパソコンのようなものを買って、すぐに売って自分のお金にする、といった不正を防ぐためです。金額が高くなるほど購入手続きが厳しくなり、相見積もりが必要になったり、機関発注といって研究者が直接購入できず、所属研究機関が購入する、といった仕組みが用意され、業者と研究者の癒着などを防いでいます。
そもそも科研費は、研究計画調書に記載された研究を遂行するためのお金ですから、研究計画から外れたものを購入することはできません。例えば「プリンター」や「椅子」「机」など、「通常、所属する研究機関が備えてしかるべきもの」などは、原則として科研費での購入はできません。このような「日常使い」のものは公費で購入することになります。
科研費の用途として多いのは学会等の出張旅費ですが、これはまずは交通費や宿泊費などを自分で支払って、後からその分が振り込まれます。なので、「出張に行ったよ」と嘘をついて、お金だけ振り込ませるという不正があります(いわゆるカラ出張)。これを防ぐために、確かに出張に行った、というエビデンスの提出が求められる場合がありますが、ある大学では「学会に参加したら、学外の学会参加者二名に署名をもらえ」という指示が出て話題になりました。不正を防ぐためにどこまでのエビデンスを求めるか、というのは難しい問題ですが、誰かが不正するとルールが厳しくなり、真面目にやっている多くの人に迷惑をかける、という構図をよく見かけます。
もちろん人間のやることですから不正を完全になくすことはできませんが、一般論として公費や科研費といった税金を原資とする資金はわりと厳しくチェックされており、さらに科研費は用途が研究に沿っているかもチェックが入ります。
ちなみに、科研費は「研究者個人」に与えられるものなので、研究者が途中で異動した場合、科研費も一緒に異動します。また、科研費で購入した物品も一緒に持っていけます。一方、「公費」で購入したものは、原則として所属する研究機関のものなので、持っていくことはできません。例えば公費で書籍を買うと、異動したときに異動先に持っていけない、なんてことがおきます(このあたりは研究機関の規約によるかもしれません)。
科研費の話をしてみました。科研費のボリュームゾーンである種目「基盤(C)」は、5年総額500万円が上限なので、年間数十万~百万円くらい規模となります。この予算を獲得するため、研究者はがんばって申請書を書いています。めでたく採択されても、お金が研究者個人の口座に振り込まれることはなく、お金は大学等の所属する研究機関が管理します。支出する場合も、用途外には使えませんし、購入した備品は大学等がきちんと管理しています。
誰がどんな課題で採択され、どんな結果が出たかは科学研究費助成事業データベースKAKENに全て掲載されていますし、科研費に関連する研究成果は、たとえば文科省の科研費による研究成果展開に成果事例が掲載されているので、興味のある人はざっと見てみると面白いのが見つかるかもしれません。
この小文が、科研費がだいたいどんなものかのイメージを掴む一助となれば幸いです。