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@kimoto
Created January 31, 2011 17:25
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FPSが今後スポーツになろうとした時に発生しそうな倫理的問題について
FPSが今後スポーツになろうとした時に発生しそうな倫理的問題について
FPSというのはすべて戦争のパーツで出来ているわけです
敵を銃撃によって殺す、あるいは殺すことで有利にたって拠点を確保する
真の健全さを求めるのであれば、こういった戦争のメタファーから脱却しなければならないわけですが
果たしてそのようなことが可能なのでしょうか。FPSから戦争概念を消すことは可能なのだろうか。
銃という存在が他者を殺すために存在している以上、まずこれを使用することはできません。
刀などの近接武器もそうです。素手はどうか、これも人を攻撃するためであれば駄目です。
つまりe-sportsとは暴力行為がベースになっているのです。すべて暴力行為のメタファーで出来ている。
おそらくこの暴力行為のメタファーをすべて消すことは出来ないと思います
そういった暴力行為が健全なスポーツとして認められるかどうかが問題になってくると思います。
しかしレスリングや柔道など、制限された暴力は健全な競技として認められているようです。
それは選手が致命的な損傷を受けないという条件付きのものであるように思います。そんななかゲームとは、もともと仮想的なものなので
選手は何があってもダメージを受けません。したがって他の制限された暴力行為と同じように、大衆にスポーツとして認められるのではないかと思います。
ゲームである以上選手にはダメージはないので仮想の暴力行為は認められると私は思います
FPSは今後よりリアルな映像になっていくだろうと予想できます。
そういったFPSと現実がより区別しにくい状況になったときには何らか、リアルではないという演出を加える必要性が出てくるのではないでしょうか。
たとえば頭部に銃撃を受けても頭部が破裂しないとか、プレイヤーの服装が特定の軍隊を想像出来ないようなものにするとか(おそらく単純な赤や青などの原色になるのではないか)
ゲームであるということがわかるような演出にしないと、選手にダメージがあるかのように見えてしまうので注意が必要です
まぁ、わざわざグロテスクに死亡する演出をプログラムするのは面倒なのであまり行われないだろうし、
多くのプレイヤーは不必要にグロテスクに死ぬことを求めていないと思うので大丈夫だと思いますが。
私が言いたいことをまとめると
・FPSは戦争のメタファーで出来ている
・FPSから暴力行為を消すことは出来ない
・制限された暴力行為はスポーツとして認められている、それは選手が致命的なダメージを受けないという条件である
・ゲームである以上選手にはダメージはないので仮想の暴力行為は認められるだろう
・FPSは今後よりリアルな映像になっていくだろうと予想
・FPSと現実が区別しにくい状況になったときには何らか、ゲームであるというアピール、つまりリアルではないという演出を加える必要性が出てくるのではないか
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