とは言っても自分の場合はこうだということしか言えません。 これだけを根拠に「だから漢直はダメだ」とか「だから漢直がいい」という 判断をするのはあまりおすすめできません。
なんでこんなことを書くかと言うと、 「漢直は○○の点で不利」と言われて腹が立ったというわけではないです。 漢直の良さを認めている人が 「こういう極限状況を仮定すると漢直のほうが不利。だから漢直は学習コストを払うに見合わない」 とあきらめているように見えて、それはもったいないと思うから。 (むしろ、漢直をやらない理由をさがしているようにも見えるんですね)
自分の漢直の使い方は大きく3つあるようです
- 思考の書き出しにおける清書
- 思考の書きなぐり(アドリブ)
- 実況タイピング(ツダり)
私が一番よく使う漢直の使い方です。 脳内で思考を直列化・言語化し、漢直で出力する。 このとき言語化された考えは主に音声として脳内でくり返し推敲され、 洗練されていったものです。いま書いてるこれとかが該当します。
脳内で作った文章は短くても文の半分、長ければ1段落くらいになるかもしれません。 勉強会で発表するかのように脳内で発表シミュレーションする場合もあります。 この段階で音声化は完了していると思っていて、概念の直列としてたまっています。 まだ漢字かな交じり表現にはなっていない概念の列のように思います。
ラクダエンさんの想定している「思考タイピング」は、 このような脳内発表リハーサルされる以前の、湧き出している概念を、 即時にタイピングしていく過程を指していそうです。 それについては後で「思考の書きなぐり」として説明したいと思います。
このように半ば完成した思考の概念列を漢直で出力すべく指を動かします。 漢直で直接入力できない文字を含む、例えば「進捗」や「従来」と打鍵したい場合、 音はあるが字形はまだない概念たる「シンチョク」を「進打歩(部首)」にマッピングしたり、 「ジュウライ」を「じゅう来(交ぜ書き)」にマッピングしたりします。
「運動プランニング」というのが身体の動かしかたとすれば、 多分それは反射に近いもので、意識できないものだと思います。 「打ち方として意識」した時点で運動プランニングは「間に合っていない」のだと思います。
私の場合「進捗」は意識していませんが「従来」は意識しているようです。 部首変換のうちよく使うものは無意識に打てるので、運動のレベルで処理できていそう。 一方、交ぜ書き変換が必要なものは、相当慣れていても意識は必要です。 少なくとも変換候補が正しいか確認して確定する必要がある。
この「じゅう来」のように交ぜ書きが必要な概念があるとき、 「ビジネス文書かツイートかのコンテキストや文体」を勘案して、 「従来」を「これまで」に言いかえるかどうかを、推敲の段階で考えます。 カジュアルなときは特に、交ぜ書き変換が必要な語彙を回避する傾向があります。
たかが入力方式の漢直が語彙の選択に影響するというのは、 それってダメじゃんという評価もあるでしょう。 一方で、そもそも人は「読んで理解できる語彙セット」と「自分で発話に使える語彙セット」には違いがあるものだ、 口述でも同じことが起こるし、特段漢直のデメリットと考えるべき問題ではない、 というとらえ方もあるでしょう。
交ぜ書き変換してでも「従来」と書きたいと決めた時点で、 直列化済み音つき概念は「ジュウライ」のままですが、 交ぜ書きを使うというフラグのようなものはついています。 指で打鍵する前の準備段階で、すでに「じゅう来」と打つことは決まっています。 でも「じゅう来」という具体的な文字の並びはまだ作られていなさそうです。 運動プランニングの段階で「じゅう来(交ぜ書き起動コマンド)」に変換されると思います。
さて、運動プランニングが間に合わないとどうなるか。 多分ですが、すでに直列になっている脳内ストックからの出力をいったん止めているように思います。 直列化概念の推敲に対するフィードバックになっているかもしれないですがよくわかりません。
直接入力するつもりで決めた概念が「字を思い出せなくて漢直で入らない」となると、 あらためて交ぜ書きに切りかえないといけないですが、 これは「運動プランニングが間に合わない」というミクロ的な中断ではなく、 もっと大きな中断として思考をやり直しています。
部首変換でたまにしか使わない文字の場合も同様です。字形を思いうかべないと部首変換入力ができないという問題があります。 交ぜ書き変換同様に中断して、1文字の入力に注力しています。 脳内推敲の段階で字形を思いうかべ、概念に付加情報として記録する、というのは理想ですが多分できていないです。
漢直入力がうまくいった場合は視覚から「こんな字になったよ」とフィードバックが来て、 「そうそう、この概念はこの表記にするつもりだったよね」という確認を(無意識的に)しながら、打鍵が続きます。 概念が図形になるのは自分の場合、この視覚フィードバックを得た時点のようです。 視覚から「別の字になったよ」と来た場合は、ストリーム処理をいったん中断して打ち直します。 これは大変な手間ですね。困ったものです。このような中断は減らしたいです。
清書系の処理はこのように直列化済み概念列を打鍵しながら文字列化し、 自分がほしかった文字だったことに安心しつつ進みます。 打鍵ストリームは句読点くらいまで、あるいは変換や誤打鍵まで続くことが多いようです。 そのくらいを単位として書いたものを、エディタやXの入力欄で読み直しつつ編集します。
かな漢字変換の達人は、未変換かなストリームを5行分とか6行分とか ためておけるのかもしれないですが、自分にはそれはできないです。 文節単位~節くらいの長さを漢直ストリームとしています。 漢直ストリームの長さの統計を取ろうかな。
ラクダエンさんの主張する「運動プランニングが間に合わないと音韻ループに回される」というのがあまりよく体験できていません。 自分では、すでに音との対応がついたものを小出しにしながら運動に渡しているみたいです。 一時停止だったり推敲リトライだったりはありますが、凍結保存されているイメージはないです。
私の場合、ツイートくらいの分量だと、すでに脳内リハーサルの対象です。 最初の文字の最初の打鍵をする前に、1ツイートの半分くらいは作っています。 これを文節単位~節くらいずつ漢直ストリームとして入力します。
短いもの、家族チャットで「お風呂できたよ」「はーい」というようなレベルものは、 推敲せずにいきなり漢直ストリームに持っていきます。 スマホのフリック入力で書いてしまう場合も多く、漢直で入力する場合はあまり多くないです。
概念列を音声を経由せずに漢直ストリームにしていきますが、アドリブ的です。 交ぜ書き変換フラグは用意するヒマがないので、 変換が必要になると「うっ」と止まります。 このとき概念が音韻ループに入って音として凍結される気はあまりしていません。 概念のまま止めおかれていそうです。 ただ、清書タイピングの場合は概念に音声がついているのですから、 このような場合にも本当は音声になっているのかもしれないです。
ツイートをアドリブで打ち始めて、やっぱまとまらないな、 となっていったん下書きに保存し、 電車内や入浴中に引っぱり出して考え直し、清書タイピングしている場合もあります。 保存した下書きはたいてい破棄になります。
ネタツイートはアドリブで打っていると思われるかもしれませんが、 ネタツイートほど何日も(場合によっては何か月も)あたためている場合も多いです。
入力として自分の思考ではなく、外部から視覚や聴覚として入ってくるものを、 漢直で出力し続けます。追いつけないと取りこぼします。
脳内リハーサルする時間はあまりなく、そのまま覚えておくこともできないので、 要約しながら概念列に変換していきます。 なるべく早く漢直ストリームとしてエディタに追い出し、エディタ上で編集しています。
いちばんつらいのが「通訳ツダり」です。 カンファレンスや勉強会で、英語の発表を聞きながら要約を日本語でツダっていきます。 最近はもうAIがすごくて、リアルタイムで日本語になったりするので、 この技能が必要となる場面もなくなりました。
以下の3つを並行して作業していきます
- 耳から英語を聞いて理解する
- 要約しながら日本語の概念列として脳内に蓄積する
- 漢直ストリームでエディタに書き出す
その後、エディタ上で並びかえたり、140文字ずつに整形したりしてポストします。
英語と日本語で、主語・述語の順や、かかり受け順序が違うので、 脳内メモリはめいっぱい使います。 主節と従属節くらいの単位でエディタに書き出していきたいのですが、 漢直が時間的に間に合わず、脳内概念要約でいじくり回すことも多いです。 このとき、脳内要約が音声と対応されているのかは正直自分でもよくわからないです。
日本語話者の場合は、耳から聞いた日本語はそのまま概念列になります。 このときは音声になっているかもしれません。 とはいえ早さは追いつかないので、要約しながら(圧縮しながら?)ためていきます。
ツダりの早さは話者のスライド1枚が1~2ツイートになるくらいなので、 速記なんかと比べてしまうと非常にゆっくりだと思います。 話者によっては、話し始めの主語が文中で変わってしまって、 述語と対応しなくなったりするので、そのまま出力ということはほとんどなく、 要約の途中で修正してから漢直ストリームに流します。
実況ツダりがもたつく原因はいろいろあって、 交ぜ書き変換や運動プランニングの滞り以外のものも多いです。
- 箇条書きに整形する
- スライドから参照されているトピックのURLをさがして貼る
- エディタ上で2行上が誤字ってたのに気づいて修正する
- エディタ上で主節と従属節の順番を変えたりする
こういうことでもたついている間に話は進んでいくので、時々ツダれなくて取りこぼします。 説明的な話のツダりでもたついている間に名言が飛び出し、 記録できなかったり、「いま聞いてなかった!」と くやしい思いをしたことが何度もあります。
「要約」という作業は、実は聞いた話を理解して作文し直しているので、 これも思考タイピングと言えるのかもしれません。 自分はツダるときはなるべく自分の考えを反映せず、 話者の考えのとおりにツイートすることを心がけています。 よりピンポイントな意味の短い語に置きかえたりして、ニュアンスを変えてしまいたくないです。 まあ、限界はあるので、時々間違ってツダります。 話者が気づいて訂正や補足してくれることも多くて助かります。
コピータイプでない、考えたことを漢直で入力するときに、 自分がどうやっているかということを書いてみました。 思考から発生した、もやもやとした形のない概念を直列化するときに、 音声(内声)はかなり重要な役割を果たしていると思います。
脳内推敲で発生した音声に引っぱられて、同音異字に誤打鍵することがあります。 これ、そんなに頻繁にいつも起こるわけではないです。 まれに同音異字に間違えることがあるけど、それってなんでかなと考えると、 内声化されたものを打ち始めているからかな、という感じです。
私の場合、運動プランニングが全然間に合ってなくて、 高頻度で内声化が発生している、ということではないようです。 最初のキーを押す前に、かなり先まで音声になっています。
私の場合について語りましたが、人によって全然違ってくるところだと思います。 正直、「漢直だからかな漢字変換の人とはここが違う!」みたいな部分があるのかどうかもよくわかりません。 みなさんの思考タイピングとはどんな活動でしょうか。